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広島地方裁判所 昭和40年(行ウ)8号 判決 1967年2月06日

原告 松永健吾

被告 国

訴訟代理人 村重慶一 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

広島刑務所長が、昭和四〇年一月二八日午後四時二〇分頃から翌二九日午後五時五〇分頃までの約二五時間三〇分にわたつて、同刑務所で受刑中の原告に対し革手錠(戒具の一種)を施し、保護房に拘禁したことは、当事者間に争いがない。

ところで、戒具の一種たる手錠には、金属手錠と革手錠との二種類があるが(昭和四年五月司法省訓令甲第七四〇号)、そのいずれも、暴行、逃走もしくは自殺のおそれがある場合にかぎつて、刑務所長の命令により、使用することができるものであり(監獄法第一九条、同法施行規則第四八条、第四九条、第五〇条参照)、右に定める正当事由がないのに革手錠を使用することは違法であるこというまでもない。

そこで、まず、本件革手錠使用と保護房拘禁は正当な事由に基づくものか否かにつき判断する。

<証拠省略>を総合すると、次の事実が認められる。

原告は昭和四〇年一月二八日午後三時すぎ頃転房を命ぜられて新独居舎二〇房に入つたが、入房直後同房の窓錠がこわれた旨担当看守に申し出て右破損錠を差し出したこと。そこで原告は器物損壊の疑いで保安課事務室に連行され、同室で西村第一区長の取り調べを受けたが、西村区長は右取り調べにあたり、前記房は原告が入る前に担当看守が調べた際には特に異常はなかつたこと及び原告が以前何度も逃走もしくは逃走を目的とした器物の穏匿所持等をした前歴があること(この点は後に認定するとおりである)などから、このたびも原告が窓錠を故意にこわしたのではないかとの疑いを持ち、原告に対し詰問的な口調で取り調べないしは説諭をはじめたため原告は区長の右態度に不満をいだき、興奮したうえ、真青になつて「区長のすることはわかつている。」と大声を出し、肩をいからせ前方にでるような態度に出たこと。そのため戒護のため原告の背後にいた前田看守は原告の挙動を制止しようとし、また西村区長はとつさに危険を感じ「戒具」といつて、前田看守をして原告に革手錠を施用することを命じたので同看守は直ちに原告に対して右腕を下腹部に左腕を下背部に各固定する革手錠を施したこと。そして右革手錠をしたまま原告を「特殊一房」と表札のある保護房に入れたが、同区長は、その後直ちに管理部長及び刑務所長にその旨の報告をして右許可を得たこと。

原告は強盗致傷罪等により懲役八年の裁判を受けて、昭和三七年一〇月二七日から広島刑務所で受刑中であること。原告は更らに右罪の未決勾留中に犯した逃走未遂罪等で昭和三七年一二月懲役二年、受刑中に犯した加重逃走罪で昭和三八年一〇月懲役二年六月に各処せられた(いずれも確定)ほか、受刑中(但し本件戒具使用時までの間)及び未決勾留期間中、広島拘置所及び広島刑務所において、逃走の目的のため安全カミソリの刃、針金、釘、ガラスの破片などを穏匿所持したり、あるいは職員に暴行を加えようとしたり、暴言をはいたりして、十数回に亘たつて軽扉禁等の懲戒処分を受けたこと。それに原告は肉親の情に恵まれないためか性格的に素直さがなく、虚言癖があり、興奮性、粘着性、反撥性等の傾向が強いこと。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右のような諸事情を考慮に入れて、前述の興鶯状態で示した原告の挙動ないし態度について判断するとき、刑務所係官に対する原告の前記挙動は、暴行に転化すべきおそれが顕著といわざるをえず、第一区長西村泰親が暴行の危険ありと感得してとつさに革手錠の使用を命令したことは、むりからぬところというべきである。

そして、革手錠を使用したまま原告を拘禁した保護房は、<証拠省略>によれば、普通の房と対比して、窓は小さくて上部にあり、水道の設備がなくて必要に応じて職員が給水すること、また便所も便器がなくて落し穴のみであるなど要するに自殺や暴行を防止して鎮静に役立つようにつくられているのであるが、前記の如き興奮状態に陥り暴行するおそれのあるものに対しては革手錠を施したまま右のような保護房に拘禁することも必ずしも不当な措置と断ずることができない。

つぎに、革手錠使用と保護房拘禁が約二五時間三〇分に及んだことは当事者間に争いないところであるが、本件全審理を通じてみても、刑務所係官としては、原告の特殊な性格、行動歴からみて、同人の平静回復を確認するには相当な時間を要すると判断するのもやむをえぬことであつて、右のように二五時間半にわたつて革手錠を使用し保護房に拘禁したことも首肯するに足り、この処置が違法もしくは著るしく不当であつたと認めるに足る証拠はない。

なお、原告は本件戒具使用と保護房拘禁は、その主張する願箋の取り下げを目的としてことさらにされたように主張するところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は一月二九日の午前及び午後の二回にわたり巡視中の職員に対して願箋の取り下げをしたい旨口頭で申し入れ、同日夕刻戒具使用及び保護房拘禁を解かれ、そして翌三〇日書面で願箋を取り下げた事実は認められるが、右拘禁等が願箋の取り下げを目的としてなされたものとは本件全証拠によつても認められないので(但しこの点に関する原告本人尋問の結果は信用できない)、右主張は採用することができない。

そうすると、結局、本件革手錠使用と保護房拘禁が違法ないしは著しく不当であつたとは認められないので、広島刑務所長の不法行為を前提とする本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由なきものとして、棄却を免がれない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊佐義里 西内英二 角田進)

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